◆「会えるときに会いに行け」
皆様お久しぶりです、
話題の平成最後の夏も終わりましたが、いかがお過ごしだったでしょうか?
私は推しくんの舞台が1つ終って少しホッとしています。
推しくん、演技も歌もすごく上手でした(T_T)♡
もう30歳超えてるけど21歳の役がとっても似合っていて、年齢詐欺俳優だなって自慢に思いました♡
話は変わりますが、先日ツイッターで
「会えるときに会いにいけ」
を演者側が客に押し付ける時代になったのか…というのが問題になっているのを見かけて。
「会えるときに会いにいけ」って言葉自体は私は好きだし正論だと思うのですが
確かにファン側が使う言葉であって
表現者側から言ってしまうと押し付けというか脅しになっちゃうのかもと思う。
好きな演者がいるなら。
明日突然推しが死ぬかもしれないし
明日突然自分が死ぬかもしれないのは忘れちゃいけないと思う。
解散、引退、病気、怪我…
行こう行こうと思って先延ばしにし続けて、無くなるときにやっぱり会いに行きたかったと思うのでは遅いことなんていくらでもある。
大袈裟だけど、誰がいつどんな状態になったりするかなんて誰にもわからなくて。
推しとファンがお互い健康でこの世界に存在している時点で好条件であるという事を考えていったほうがいけないんじゃないかなと思っちゃいます。
(人それぞれ様々な条件の中やりくりをして必死に応援しているのは前提の話ですし
在宅・茶の間スタイルも肯定派ですが)
好きな芸能人、アーティストの舞台やライブ、イベントに足を運んでお金を使うことは決して悪い事じゃないし
家から応援する事だけでなくお金と時間と労力を使ってでも会いに行くことが
その人の活動にとってどれだけ有益かを考えられる人が増えれば。
そして演者側も「一人ひとりが大切な存在だからこそ、足を運んでほしい」と伝わる仕事をしていれば
「来たいときに来てね」ってもっと手放しに言えるの環境になるのかも。
会場に多くの人の足を運ばせるのは
行ってみたいなって思わせる仕事ぶりも勿論必要だけど
ファン同士のつながりを深めることも大事なのかもなってちょっと思いました。
「来たいときに来てな」っていつも言ってくれる推しくんのイベがもっと多くのファンで埋まりますように!
私なりの見解でした
いただいたマシュマロ返信もしたいし、9月ちょこちょこ更新できたらなと思っています!
◎マシュマロ↓◎